『夜のピクニック』恩田陸

  • 2007/11/06(火) 03:43:14

恩田陸の小説を読むと、1作品にひとつくらいは
“付箋を貼っておきたいような一節”があるんです。
それは物語の鍵となるような文ではなく、
クライマックスにおける主人公の決め台詞ではなく、
物語の登場人物たちが日々の生活の中で
何気なく感じていることを言葉にしたもの。

私もそう思ったことある、きっと他の人もそう思ったことある、
でもそれを小説の中で言葉にした人は恩田陸が初めてかも。
そう思わせるようなセイシュンの一節が、恩田陸にはあるのです。

夜のピクニック (新潮文庫) 夜のピクニック (新潮文庫)
恩田 陸 (2006/09)
新潮社

この商品の詳細を見る


最近読んだ『夜のピクニック』での「付箋を付けたい一節」はこれでした。
そう考えると、不思議な心地になる。
昨日から歩いてきた道の大部分も、これから二度と歩くことのない道、歩くことのないところなのだ。
そんなふうにして、これからどれだけ「一生に一度」を繰り返していくのだろう。
いったいどれだけ、二度と会うことのない人に出会うのだろう。
なんだか空恐ろしい感じがした。


小中学生の頃、「一生に一度」という言葉はとても特別でした。
一生に一度の卒業式、一生に一度の林間学校、一生に一度の十歳の誕生日…
たくさんの「一生に一度」がなにもかも大切に思えた頃、一日はとても長かった。
出会いの全てが奇跡に思えて、別れの全てに抗えない運命の無情を感じていた。

でも、高校生くらいでだんだん気付いてしまうのです。
「一生に一度」なんて、無数にあることなのだと。
別れをどれだけ惜しもうと、その相手がいなくたった後も
自分は昨日と同じ場所で生きていくだけなのだと。
結局、自分にとって本当に失えないのは自分だけなのだと。

ずいぶん前に、私は高校生でもなくなりました。
別れの場面といえば「卒業」と「転校」のほぼ二択だった時代は終わりました。
それぞれがそれぞれの人生を歩かざるを得なくなり、
別れに頓着していたら身が持たないほどに、別れの機会は増えました。


「明日からみんなと会えないなんてどうしよう」と号泣する子供と
「多分もう一生こいつとは会わないな」と思いながら
「近くに来たら連絡しろよ」という大人だったら、どっちが寂しいんだろう。

会いたい人に会いに行きたくても、そのためのお金も自由もない子供と
会おうと思えば誰にだって会えるし、どこにだって行けるのに
ついつい現在の人間関係を優先してしまう大人だったら、
どっちが寂しいんだろう。

高校生は、そんな子供と大人の姿に自分の来た道と行く先を
どんな風に見るんだろう。自分はどう思っていたんだろう。
もうしばらく忘れてしまっていた「あの頃の寂しさ」を、
恩田陸はよみがえらせてくれます。

そして、「確かにあの頃そう思っていた自分」のことは思い出せても
あの頃の考え方をすっかり忘れている自分に気付き、
それを特に寂しいとも思わない自分に気付き、
ようやく、少し寂しくなるのです。

この記事に対するトラックバック

この記事のトラックバックURL

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

高校生 出会い 恩田/高校生 出会い 恩田

寂しい夜を過ごす女性は実は非常に多いと知っていましたか?そして、意外にも女性の方が大胆なのも事実。出会い系サイトには、寂しさを埋めたい、そんな女性がたくさんいます。そんな寂しい女性を助けてあげましょう。 ...

  • From: 神奈川で出会いGo!Go! |
  • 2007/11/28(水) 19:36:59

この記事に対するコメント

この記事にコメントする

管理者にだけ表示を許可する