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『夜のピクニック』恩田陸
- 2007/11/06(火) 03:43:14
恩田陸の小説を読むと、1作品にひとつくらいは
“付箋を貼っておきたいような一節”があるんです。
それは物語の鍵となるような文ではなく、
クライマックスにおける主人公の決め台詞ではなく、
物語の登場人物たちが日々の生活の中で
何気なく感じていることを言葉にしたもの。
私もそう思ったことある、きっと他の人もそう思ったことある、
でもそれを小説の中で言葉にした人は恩田陸が初めてかも。
そう思わせるようなセイシュンの一節が、恩田陸にはあるのです。
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最近読んだ『夜のピクニック』での「付箋を付けたい一節」はこれでした。
そう考えると、不思議な心地になる。
昨日から歩いてきた道の大部分も、これから二度と歩くことのない道、歩くことのないところなのだ。
そんなふうにして、これからどれだけ「一生に一度」を繰り返していくのだろう。
いったいどれだけ、二度と会うことのない人に出会うのだろう。
なんだか空恐ろしい感じがした。
小中学生の頃、「一生に一度」という言葉はとても特別でした。
一生に一度の卒業式、一生に一度の林間学校、一生に一度の十歳の誕生日…
たくさんの「一生に一度」がなにもかも大切に思えた頃、一日はとても長かった。
出会いの全てが奇跡に思えて、別れの全てに抗えない運命の無情を感じていた。
でも、高校生くらいでだんだん気付いてしまうのです。
「一生に一度」なんて、無数にあることなのだと。
別れをどれだけ惜しもうと、その相手がいなくたった後も
自分は昨日と同じ場所で生きていくだけなのだと。
結局、自分にとって本当に失えないのは自分だけなのだと。
ずいぶん前に、私は高校生でもなくなりました。
別れの場面といえば「卒業」と「転校」のほぼ二択だった時代は終わりました。
それぞれがそれぞれの人生を歩かざるを得なくなり、
別れに頓着していたら身が持たないほどに、別れの機会は増えました。
「明日からみんなと会えないなんてどうしよう」と号泣する子供と
「多分もう一生こいつとは会わないな」と思いながら
「近くに来たら連絡しろよ」という大人だったら、どっちが寂しいんだろう。
会いたい人に会いに行きたくても、そのためのお金も自由もない子供と
会おうと思えば誰にだって会えるし、どこにだって行けるのに
ついつい現在の人間関係を優先してしまう大人だったら、
どっちが寂しいんだろう。
高校生は、そんな子供と大人の姿に自分の来た道と行く先を
どんな風に見るんだろう。自分はどう思っていたんだろう。
もうしばらく忘れてしまっていた「あの頃の寂しさ」を、
恩田陸はよみがえらせてくれます。
そして、「確かにあの頃そう思っていた自分」のことは思い出せても
あの頃の考え方をすっかり忘れている自分に気付き、
それを特に寂しいとも思わない自分に気付き、
ようやく、少し寂しくなるのです。
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- From: 神奈川で出会いGo!Go! |
- 2007/11/28(水) 19:36:59
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